「第1回臨床自律神経機能Forum」抄録

■井上 裕之1、5) 長谷 則子2) 井出 桃3) 松坂 利之4) 長谷 徹3) 宮城 敦5)  西村 康3) 柿木保明6)

1) 国立病院機構 久里浜医療センター 歯科  2) 神奈川歯科大学  歯学部  3) 神奈川歯科大学短期大学部 歯科衛生学科
4) 労働者福祉機構 関東労災病院臨床心理 5) 神奈川歯科大学  障害者歯科6) 九州歯科大学  老年障害者歯科学分野

【はじめに】
これまで我々は、アルコール依存症患者の歯科治療中における体調リスクマネージメントが極めて重要かつ有用との考えから多くの症例でモニタリングを実施し、その内容について報告してきた。今回は、アルコール依存症患者においては起立性低血圧症状が現われるとの報告をもとに、これまでモニタリングを実施してきた症例の中で起立性低血圧症状を呈した患者の自律神経機能解析を行い、その発症メカニズムに ついて検討を加えたので報告する。
【方法および対象】
クロスウェル社製心拍変動解析装置 きりつ名人® を用い、心拍変動解析から得られた心電図波形ならびに自律神経の働きによって変化する心拍揺らぎを交感神経と副交感神経の揺らぎ周期の相違から解析することで交感神経、副交感神経のバランスを評価した。治療開始前の安静位のデータとして自律神経活動の評価はCVRR  ( 心電図R-R間隔変動係数;Coefficent of Variation for R-R intervals )により、自律神経バランスはLF/HF(L/H)により行った。また、心拍数、血圧値から循環機能を評価した。   対象は平成22年5月~平成26年4月までに久里浜医療センタ-歯科に受診した経験のあるアルコ-ル依存症患者である。
【結果】
対象者の内、SYS(収縮期血圧)値が起立直後あるいは起立1分後に21mmHg以上、もしくはDIA(拡張期血圧)値が起立直後あるいは起立1分後に11mmHg以上ルコ-ル症患者のうち起立性低血圧症状を呈する患者が歯科治療中にどのような低下したものを選別し、起立性低血圧症状群と判定した。その結果今回研究対象となった88人(男性79人、女性9人、平均年齢 43.2年)のうち、起立性低血圧症状を呈する患者(以後起立性低血圧群)と判定されたのは6人 (男性5人、女性1人)で全体の6.82%、平均年齢は44歳であった。これに対して 起立性高血圧症状を呈する患者は14人(15.9%)で、全体として68人(77.3%)が起立負荷に対して正常な血圧制御反応を示していた。
【考察】
今回の調査対象となったアルコール症患者全体の自律神経活動状況は、各種パラメーターのうち心拍数において上昇傾向を示すものが多いことが分かった。一般に心拍数は洞房結節に存在するペースメーカー細胞の自律的興奮によるが、細胞自体の興奮性は交感神経と副交感神経の活動のバランスによって制御されており、実際の心拍数はペースメーカー細胞自体の興奮(内因性心拍数) よりも低く抑えられている。今回の研究では、起立負荷を与えることにより被験者88人のうち32人に心拍数の増加傾向がみられ、交感神経系のβ作用の活動が高まっていることが推察される。
一方、起立性低血圧群では、心拍数、起立-安静時心拍反応、CVRRともに 半数が過剰に反応する傾向が認められ、安静時の自律神経機能は亢進傾向であると考えられる。ただし、起立-安静時心拍反応に関しては低下傾向を示すものの 割合も一般的な割合の4倍を超えており、症例を増やしてより詳細な検討が必要と思われる。起立時交感神経反応(L/H)は一般的であるのに対して、安静時交感 神経反応(L/H)では過剰な反応を示すものが半数となっていた。このことは、起立性低血圧症状を訴えるアルコール症患者は安静時の交感神経系の機能が過剰 気味に反応している反面、起立負荷による交感神経の機能が相対的に低下していることから低血圧症状を呈し、その後、起立維持では副交感神経活動が回復してくると考えられる。
以上、アルコ-ル症患者の自律神経機能は健常者とは異なり、ストレスが掛かり易い歯科治療時にはより詳細な体調管理の必要性を示唆するものと考える。