「第1回臨床自律神経機能Forum」抄録

■稲田泰之 医療法人 悠仁会

精神科が扱う疾患は一般的に「こころの病」と呼ばれることが多いが、その実態は脳の疾患である。つまり、精神疾患は脳という臓器の病気なのであり、その意味で一般的な身体疾患となんら変わりはない。しかし、その診断や症状評価、治療法となると話は別である。近年の神経科学や遺伝学の発展は目覚ましく、様々な精神疾患の生物学的・遺伝学的基盤が明らかとなりつつある。しかし、それらはあくまでも最先端の研究領域における進展であり、臨床現場において、客観的な診断や症状評価が行えるようになったわけではない。現在も、精神科領域における診断は、操作的診断基準に照らし合わせ、一定の該当症状を満たしたことを条件に診断され、症状評価も患者本人の自記による質問紙や医師による構造化面接によって行われている。診断基準や症状評価の方法が洗練されてきたことは、精神医学の発展によって得られた一つの成果であるが、一方で臨床医達は日々の診療の中で使用できる、より客観性の高いアセスメントツールを求めているのである。
同様のニーズは、2015年12月の労働安全衛生法の改正によって実施されることとなった、ストレスチェック制度にも存在する。ストレスチェック制度とは、年に1回、労働者が自身のストレス状況に関するアンケート調査に回答し、産業医等による面接指導や職場環境改善に繋げていく試みである。本制度は、労働者の精神疾患の予防に寄与することが期待されているが、これまでの研究において、ストレスチェックの高ストレス識別は、その後のメンタル不調に対する予測力を持たないことが明らかとなっており(平成27年度 厚生労働科学研究費助成金労働安全衛生総合研究事業, 川上憲人「ストレスチェック制度による労働者のメンタルヘルス不調の予防と職場環境改善効果に関する研究」)、現在用いられている質問紙評価の妥当性には疑問が呈されている。そんな状況のなか、自律神経活動の評価は一つの可能性を持つものである。心身のストレス反応の状況について、自己報告に頼るのでなく、客観的な評価が可能になれば、産業精神保健の発展に大きく寄与するものとなるだろう。
当日は現在、当院がクロスウェル社と共同で開発を進めている、ストレスチェック連動型のきりつ名人がねらいとしていることをお話しするとともに、当院でこれまでに行ってきた自律神経機能評価を活用した不安障害治療の方法を紹介する。