長期間心拍変動データによる自律神経機能評価

心拍変動解析による自律神経機能評価では、高周波(HF)成分のパワーまたはそれを代替する時間領域指標は副交感神経活動を反映し、低周波(LF)成分のパワーまたはLF/HFは交感神経活動を反映するという枠組みが、その理論的基盤として用いられてきました。この古典的な枠組みは、自律神経機能評価法としての心拍変動解析の普及に大きな貢献をしましたが、この論理は、厳密に制御された条件下で測定された短時間 (通常 5-10 分) の心拍変動の研究から得られたものです。この枠組みを日常の自由行動下で測定された長期的心拍変動 (24 時間またはそれ以上) に適用すると、誤った結論が導き出される可能性があります。自由行動下の長期的心拍変動は、少なくとも 5 つの変動要素から構成されると考えられています。第一に、LF、HF 成分、心拍の概日リズムなどの内因性の自律神経活動リズム、第二に、脳の複雑な神経ネットワークから生じる 1/f またはフラクタルゆらぎ、第三に、日常の様々な身体・精神活動および天候・室内外の環境因子による変動、第四に、心拍断片化 (heart rate fragmentation) など心臓ペースメーカ自体の機能に関連する洞調律リズムの変動、第五に、期外収縮や睡眠時無呼吸などの頻度の高い偶発事象に関連する洞調律リズムの変動です。LF成分やHF成分と自律神経活動との関連は、他の4要素によって多様な修飾を受けており、また、逆に長期的な心拍変動には、LF成分とHF成分では表現できない多くの情報が含まれていることになります。ウェラブルセンサの普及によって、長期間の心拍モニタリングデータが蓄積され始めました。それらのデータを活用するためには、古典的な枠組みを超えた新しいアプローチによって、自律神経機能や他の有用な医学生物的情報を抽出する研究が求められます。その草分けとして、睡眠時無呼吸に伴う心拍数周期性変動、期外収縮で誘発されるheart rate turbulence、非ガウス性指標などによる自律神経機能評価があります。臨床自律神経機能Forumでは、これらに続く新たなアプローチが重要なテーマになることが期待されます。

2022年元旦

株)ハートビートサイエンスラボCEO

名古屋市立大学名誉教授 早野順一郎