第8回臨床自律神経機能Forum 抄録
第8回臨床自律神経機能Forumの抄録です。
特別講演 11月30日
「こころとからだの訴えとしての痛み―最新痛み脳科学がもたらしたパラダイム・シフト」
加藤総夫先生 (東京慈恵会医科大学 痛み脳科学センター 特任研究員 名誉教授)
「こころとからだの訴えとしての痛み―最新痛み脳科学がもたらしたパラダイム・シフト」
加藤総夫
東京慈恵会医科大学・痛み脳科学センター
痛みが,こころにどんなに大きな影響を及ぼすか,我々は経験的に知っている.身体のどこかが痛むとき,我々の意識や考えは痛みに独占される.立ち上がるたびに痛む膝,ずっと続く頭痛,どんどん強くなる歯の痛み,他のことがなにもできなくなる腹痛.我々の精神は,痛みの存在に強く妨害され,蝕まれ,主導権を握られる.耐え難い痛みを故意に与える拷問は,理性や信念までもゆがめてしまう.それほどまで,痛みは,最優先・最上位で我々の「こころ」に割り込んでくる.食欲も性欲も睡眠欲も痛みには屈してしまう.自律神経系を操作して,心拍や血圧,内分泌にも強い影響を及ぼす.痛みとはいったい何なのか?
国際疼痛学会(International Association for the Study of Pain)は,痛みを「実際の組織損傷もしくは組織損傷が起こりうる状態に付随する、あるいはそれに似た、感覚かつ情動の不快な体験」と定義している.(2020年).我々が日常体験する痛みの多くは,組織損傷や炎症などの原因の結果として生じる.このような機序で生じる痛みをnociceptive painと分類する.また,神経障害性疼痛neuropathic painと分類される痛みは,脊髄や脳の体性感覚神経系に生じた病気や傷害が原因となって痛みを起こす.帯状疱疹の後遺症や糖尿病の神経障害にともなって見られる.痛みを,傷害や損傷という原因によって生じる結果,ととらえる姿勢は,その傷害や損傷という原因をとりのぞくことが痛みの治療であるという信念をもたらした(侵害受容主義的痛み観).
しかし,どこにも傷害も損傷もないのに訴えられる第3の痛みが存在する.線維筋痛症はその代表的疾患である.「心因性疼痛」などとも呼ばれてきたが,こころが痛みを生む機構が示されたことはない.2017年,国際疼痛学会はこのような痛みの背景にあると考えられるメカニズムに対し,「痛覚変調性疼痛nociplastic pain」という分類を提唱した.「痛みの処理に関与する脳機構の可塑的な変化によって生じる痛み」というこの痛みの新機序は,ストレスや,幼児期の苦しい体験や,PTSDを招く恐怖体験,あるいは社会的・個人的な体験ですら,痛みの「理由」になりうるということを生物学的に保証する考え方である.
痛みは.「生きたい」という生き物の(5億年来の)訴えであり,それは,そのずっと後になって生き物が獲得した「こころ」と我々が呼ぶ事象群にも影響を及ぼし,そしてもっと直接的に心機能や循環制御にも影響を及ぼす.本講演では,痛みとは,生体が置かれた内的・外的状況を常に(脳が)モニターして,自律機能・内環境・情動・行動の最適化を図ることによって生存可能性の最大化を達成してきた向生存(pro-survival)機能である,という「脳中心主義的痛み観」を紹介する.
講演 11月29日
「働く人のメンタルヘルス~「ストレス一日決算主義」のすすめ~」
山本晴義先生((独法)横浜労災病院 勤労者メンタルヘルスセンター センター長)
働く人のメンタルヘルス~「ストレス一日決算主義」のすすめ~
山本晴義
(独法)労働者健康安全機構 横浜労災病院 勤労者メンタルヘルスセンター長
平成時代は、失われた30年と言われるが、この間、「メンタルヘルス指針」が策定され、4つのケア(セルフケア、ラインによるケア、事業内産業保健スタッフ等によるケア、事業場外資源によるケア)と3つの予防(一次予防:発症の予防、健康増進、二次予防:早期発見、対策による疾病増悪の防止、三次予防:職場復帰支援と復職後の再発予防)の重要さが求められるようになった。
演者は、心療内科医として臨床医療に従事しているが、同時に、メンタルヘルスセンター長として予防医療に携わっている。メンタルヘルスのキーワードは、気づきとセルフケアである。ストレッサーが何か、ストレス状態としてどんな身体反応があるかの気づきである。そこに係るのが個人要因であり、ライフスタイルの影響も大きい。きりつ名人®は、ストレス反応としての自律神経反応を数値化、グラフ化することで、セルフケアに役立っている。
「企業の健康経営実現に貢献するレジ活(レジリエンス評価システム)について」
萩原圭祐先生(大阪大学先進融合医学共同研究講座 特任教授)
企業の健康経営実現に貢献するレジ活(レジリエンス評価システム)について
萩原圭祐
大阪大学大学院医学系研究科 先進融合医学共同研究講座
健康経営とは、従業員の健康促進を投資として捉え、企業の経営に寄与するとして、国民皆保険ではないアメリカにおいて、1990年代に提唱された。日本においても、2015年より経済産業省と東京証券取引所共同で健康経営企業を選定するようになり、2017年より健康経営優良法人認定制度も開始されている。働き方改革が提言され、労働環境の改善が叫ばれているが、厚生省の令和3年労働安全衛生調査によれば、メンタルヘルスにより連続1か月以上休業した労働者又は退職した労働者がいた事業所の割合は10.1%であり、新卒大卒者の3年以内の早期離職も34.9%と増加を示している。つまり、健康経営が叫ばれながらも、必ずしも、その実効性は上がっていない状況である。
レジリエンスとは、回復力や復元力とも呼ばれ、様々なストレスに直面したとき、「本来の健全性を取り戻し、回復していく力」として近年注目を集めている。レジリエンスは、誰もが持っている回復していくための働きで、その働きは高めていくことが可能と考えられている。現在では、レジリエンスはうつ病などの精神疾患だけでなく、がんや糖尿病などの慢性疾患などの予後とも関係しているといわれ、心の健康と体の健康をつなぐ働きが注目を集めている。
我々は、これまでに「レジリエンス」の見える化作業に取り組んできた。レジリエンスを見える化していくためには、心と体、社会とのつながりを、同時に見ていく必要がある。我々は、ココロとカラダ、ストレスなどの健康状態を右脳的に視覚化しながら、左脳的に分析的に表示するレジリエンス評価システムであるレジ活の開発に成功した(図1)。具体的には、老化の指標として709名の65歳以上の高齢者のデータをもとにしたJapan Fraility Scale (JFS)(Egashira et al., GENE 2022)、身体の指標として1135名の子育て世代の女性の身体症状を評価するMult—dimensional Physical Scale(MDPS)(Takeuchi et al., Frontiers in Psychiatry 2022)、共感性や思いやり・社会とのつながりを重視する日本社会の特性を考慮した心の指標として250名の子育て世代300名の高齢者のデータを基にしたJapan Resilience Scale (J-RS)(Takeuchi et al.,投稿中)を組み合わせる。これらに身体機能、自律神経評価、腸内細菌叢データを組み合わせると、さらに精密なレジリエンスの評価が可能となる。これらの同時測定を目指したレジリエンス健診を、神戸医療産業都市推進機構の協力のもと研究を進め、20-60代の男女509名のデータを取得し、その実効性を確認することができた。さらに、このシステムの利点は、単なる評価にとどまらず、心の状態、身体の状態にあわせた介入方法を提言し、その介入方法の有効性を判定することができる。現在、レジ活を試験的に導入する企業もあらわれている。これらの取り組みの中で、自律神経とレジリエンスの関りについても、可能な範囲でデータを示したいと考えている。
講演 11月30日
「就学困難(不登校)学生における自律神経動態と東洋医学的治療」
伊藤 剛先生 (北里研究所病院漢方鍼灸治療センター 北里大学客員教授)
「就学困難(不登校)学生における自律神経動態と東洋医学的治療」
伊藤 剛
北里研究所病院漢方鍼灸治療センター
2023年に出された文部科学省の報告書によると、小・中学校における不登校児童生徒数は29万9048人で過去最多とされ、年々その割合は増加しているようです。不登校とは「何らかの心理的、情緒的、身体的あるいは社会的要因・背景により、登校しないあるいはしたくともできない状況にあるために年間30日以上欠席した者のうち、病気や経済的な理由による者を除いたもの」とされています。不登校者は14歳以下が多く、高校生以上では少ないという報告もありますが、高校生前後の年齢相では、思春期特有の将来や現実に対する不安、環境への不適応、そして体調不良から、就学継続が困難になったり不登校になったりする学生も多く、私が診療している当センターの漢方外来や鍼灸外来にはそうした患者さんも訪れてきます。
今回は、中学生、高校生、大学生を含む学生の就学継続困難になっている心身における異常を、“きりつ名人”を用いた自律神経機能検査と東洋医学的な診断から明らかにし、これらの問題点を解決すべき治療について東西医学的観点から解説します。
症例は、中学生2名、高校生3名、大学生1名の6例で、女性5名、男性1名、平均年齢は16歳です。以前より不登校児のなかで起立性調節障害が並存している割合は約30-40%程度と言われていますが、きりつ名人による検査では今回の症例6名のうちPOTSと思われる1例を除き、起立性調節障害に該当するものはありませんでした。自律神経機能においては、ほとんどの症例で交感神経系に問題があり、副交感神経系にはほとんど問題がありませんでした。東洋医学的な診察をすると、多くは肩や頚部の筋緊張(凝り)や脊椎の歪みと背部の脊柱起立筋の過緊張(痙縮)が診られました。こうした身体的な異常は、交感神経の緊張や調節障害が脳機能、呼吸機能、心機能、消化管機能に影響し、身体の倦怠感や痛みを増大させ不安感を起こさせていると考え、漢方薬や鍼灸による原因除去と機能回復の治療とセルフケア方法を指導し全症例で改善が得られ、就学も可能になってきています。講演ではその方法についても説明したいと思っています。
「スマートウォッチを用いた心拍変動解析による心理状態の見える化 -健康経営やアスリートの心理コンディションへの応用-」
大川原 洋樹先生 (慶應義塾大学医学部 整形外科教室 特任助教)
「スマートウォッチを用いた心拍変動解析による心理状態の見える化
-健康経営やアスリートの心理コンディションへの応用-」
大川原 洋樹
慶應義塾大学 医学部 整形外科学教室
近年、企業における健康経営は重要な課題の一つとなっており、医療費の削減と労働生産性の向上を目指した健康増進活動を行うためには、社員に与えられる心理的負荷に対する反応を定量的に、かつ可能な限り簡易的に可視化することが重要である。しかし、これまでこのような評価のゴールドスタンダードであったセルフレポートには、主観性、想起・報告バイアスのリスク、社会的条件の影響など、いくつかの限界を伴っていた。一方、ウェアラブルデバイス技術の進歩は、様々な生体情報や生活情報を手間なく離れた場所でも自身で収集することを可能とし、従来のセルフレポートの持つ限界点の解決策として、様々なヘルスポロモーションにおける応用が進みつつある。心拍変動解析は、疾患の予後の指標として発展し、今では、健常者の生活の質を評価・改善するツールとして研究が進んでいる。特に、今まで質問紙での評価が中心であったストレスやウェルビーイング(well-being=主観的に健康で、幸福で、満たされ、心地よく、人生の質に満足している状態のこと)の評価が、心拍変動を用いて客観的かつ定量的に評価することが可能になりつつあり、上述のヘルスプロモーションにおいて親和性が高いと考えられている。これまで我々の研究グループでは、キリツ名人を用いたストレスやウェルビーイングとの関連に関する検証、スマートウォッチを用いた短時間での心拍変動計測によるヘルスプロモーションへの応用の検証を進めてきた。今回は、後者について、30秒毎日スマートウォッチを用いて計測した心拍変動結果を収集しその傾向を分析することで個人の不安特性や労働生産性を明らかにした結果を中心にご報告する。今回の手法は、これまで個人間変動の高い指標といわれてきた心拍変動結果の新たな解析手法としての可能性を提示する手法である。また、今年度からはアスリートを対象として、同様に連日スマートウォッチを用いて心拍変動を計測し、その結果と心理的なコンディションやパフォーマンスとの関係性についての検証を開始している。今回は、このアスリートを対象とした試みについても、その進捗とこれまでの結果について部分的にではあるが可能な範囲でご紹介する。
「緩徐な呼吸調整の練習が自律神経活動に及ぼす影響」
榊原雅人先生 (愛知学院大学 心理学部心理学科 教授)
「緩徐な呼吸調整の練習が自律神経活動に及ぼす影響」
榊原雅人
愛知学院大学 心理学部心理学科
【研究目的】
約10秒の長さで意識的に呼吸を調整すると顕著な心拍変動が生じる(Vaschillo et al., 2002)。この過程では圧受容体反射が効率的に刺激され自律神経機能が向上することが示唆されている(Lehrer, 2021)。実際,このような呼吸調整を継続的に行う “心拍変動バイオフィードバック”は,喘息,うつ病,心的外傷後ストレス障害,不眠などの症状を緩和することが報告されている(Lehrer et al., 2020)。本研究はこのような緩徐な呼吸調整を継続的に練習したときの自律神経および皮質活動の変化を検討することを目的とした。なお,本研究の概要と皮質活動への影響(刺激先行陰性電位)についてはすでに発表されているが(榊原, 2024; 日本心理学会),さらに被験者データを増やして検討が続けられており,ここでは主に自律神経活動に関わる指標を報告する。
【方法】
参加者 健常な男女学生8名(22~27歳)が実験に参加した。実験参加者に対して内容を説明し署名により同意を得た。本研究は愛知学院大学心理学部研究倫理委員会の承認を受けた。
生理測定 心電図(CM5導出),呼吸(DC呼吸センサ,ミユキ技研),連続血圧(CNAPⓇmonitor, Cnsystem),脳波(FC5, FC6部位)(MP208,ミユキ技研)を測定した。
共鳴周波数の検索 心拍変動が最も増大する呼吸ペース(共鳴周波数)は個人で異なっているため,これを検索する目的で6.5,6,5.5,5,4.5回/分のペース呼吸を2分間ずつ実施した。各ペース呼吸のデータをもとに心拍変動を分析し最も大きなLF (low frequency) powerがみられたペースを個人の共鳴周波数として評価した。
手続き 呼吸調整の練習は毎日40分間(日中20分・就寝前20分)実施するよう教示した。ここでは呼吸調整用アプリ(Awesome Breathing, Awesome Labs LLC)を用い,練習の前後でリラクセーション評価尺度短縮版(榊原ら, 2014)にフォームを通じて回答するよう指示した。このような練習を連続して2週間行い,練習前,練習中(開始7日後),練習後の時点で実験室にて安静測定(5分間),基準測定(15回/分の呼吸統制5分間),共鳴周波数の呼吸調整(5分間×2回)を実施し,呼吸,心電図,連続血圧を計測した。なお,練習前と練習後の時点で脳波を測定した。
分析 安静測定,基準測定,共鳴周波数の呼吸調整の際のデータから心拍変動指標(LF powerおよびHF [high frequency] power)と圧受容体反射感度(baroreflex sensitivity: BRS)を分析した。心拍変動は心電図R-R間隔データをスペクトル分析し,LF帯域(0.04-0.15 Hz)およびHF帯域(0.15-0.4 Hz)のpowerを求めた(Kubios HRV Scientific Lite)。BRSはR-R間隔と収縮期血圧が連動するシーケンスを検索しそれらの回帰係数(ms/mmHg)を平均した(Tonam2C, GMS)。
【結果】
練習時の記録から,参加者が呼吸調整に取り組んだ時間は480~540分間であった。統計解析ソフトHAD(清水・村山・大坊, 2006)を用いて分析したところ,練習前-中-後にかけて安静測定HF powerは有意に増加した(F(2/14)=4.794, p=.043, ηp2=0.406)。また,安静測定BRSには増加傾向がみられた(F(2/14)=3.519, p=.064, ηp2=0.335)。この他,基準測定時のHF power,共鳴周波数の呼吸調整時のLF power値は練習前~後にかけて増加するようにみえたが有意差は認められなかった。
図1は練習前~後の安静測定HF powerを示したものである。練習前~中においてHF powerの変化はみられないが練習後では著しく増加している様子がわかる(p<.05)。また,図2は各測定期におけるBRSの変化を示している。HF powerと同様に練習後において増加する様子がうかがわれた。
【考察】
本研究は継続的な呼吸調整練習が自律神経および皮質活動に及ぼす効果を調べることを目的とし,ここでは主に心拍変動の振る舞いについて検討を行った。結果にみられたように,2週間の継続的な練習によって心拍変動HF成分の大きさと圧受容体反射感度のベースレベルが増加することが示唆された。本研究は最終的にコントロール群(共鳴の起こらない呼吸調整を毎日練習する群)と比較する計画であるが,本稿では現時点の途中経過を報告した。
本研究は科研費(20K03473)の補助を受けて行われた。
ポスター
ポスターを会場に掲示します。★の先生は11月30日(土)ご来場予定です。
「心拍数・心拍変動解析からみた「競技かるた」の競技特性」
塚元葉子先生 (羽衣国際大学 人間生活学部 食物栄養学科 教授)★
「心拍数・心拍変動解析からみた「競技かるた」の競技特性」
塚元 葉子、川内 琢未
羽衣国際大学人間生活学部食物栄養学科
競技かるたは、全日本かるた協会が定めた規則に則って行う対人競技で、中腰のまま体幹をキープして読み手の声に集中する。そして、「畳の上の格闘技」の異名通りに、激しい動作で瞬発的に取り札を競う。これらのことから、競技かるたは「フィジカルスポーツ」の要素を持つと言える。一方で、決まり字を聞き分ける聴力と集中力、札の位置を都度覚える記憶力、お手付き回避の忍耐力・精神力など、「頭脳スポーツ」の要素も顕著である。我々は、この両スポーツ要素を併せ持つ競技かるたにおいて、スポーツ栄養学的介入が選手のパフォーマンス向上に奏功すると考えている。
【目的】
競技かるたの大会では、約1時間の試合が1日に5 ~ 6戦行われ、各試合間の休憩時間は15分程度しかない。従って、この細切れの休憩時間における「スポーツ栄養学的補給戦略」が勝敗のカギを握ると考えられる。そこで、本研究は科学的根拠に基づく競技かるた選手への栄養補給法の確立を目指し、現在までに報告されていない、競技かるた試合の生理学的競技特性を明らかにすることを目的とした。
【方法】
健康な成人男性競技かるた選手4名を被験者とし、計14試合を行った。試合中の発汗量は、水分補給無しでの試合前後の体重差とした。心拍RR間隔は、腕時計型活動量計(Polar Vantage M)と心拍ユニット(Polar H10)により測定した。後日選手に試合の録画を見せながら、札の暗記や集中、闘争心などを極力除外し、体勢や動作のみを忠実に模倣させた(模倣動作)。その際、心拍データは試合同様に取得した。心拍変動解析は、HRV名人(クロスウェル社)を用いた。呼気ガス分析装置(ミナト医科学社)により、各選手の安静時、札配置の記憶時、対戦時のそれぞれにおけるMETs(身体活動強度)をブレス・バイ・ブレス法にて取得した。統計的な差は対応のあるt検定(両側検定)にて確認した。実験室の環境は、温度16.8 ~ 22.5℃、湿度は28.2~ 57.0%の範囲であった。
【結果】
試合開始後15分間の心拍数(100.5±15.6 bpm)に比べ、終了前15分間の心拍数(106.2±16.2bpm)は有意に上昇した(p<0.0005)。心拍変動解析では、交感神経指標(ccvLF/HF)が試合終盤に有意に上昇し(0.36±0.10→0.42±0.13、p<0.005)、副交感神経指標(ccvHF)は有意に低下した(1.57±0.68→1.41±0.70、p<0.005)。この14試合の心拍数の上昇率(105.8±4.1%)は、模倣動作時の上昇率(102.3±2.6%)に比べ有意に高かった(p < 0.001)。試合の発汗量(1.9 ± 1.0mL/分)は模倣動作(1.4±0.9mL/分)に比べ有意に多かった(p<0.05)。METsの平均値は、安静時で1.04、暗記時で1.23、試合時で1.90であった。
【まとめと考察】
競技かるたでは、試合終盤に心拍数が有意に上昇し、これは交感神経の活性化と副交感神経の抑制によるものと推察された。模倣動作のみで暗記や闘争心などを除外した場合には、心拍数の上昇率は有意に低く、発汗量も有意に少なかった。模倣動作がフィジカルスポーツ要素を主に表すとすると、試合時と模倣動作との差分が、頭脳スポーツ要素、すなわち精神的緊張による交感神経活性化の影響を表すと考えられる。
競技かるた試合中の身体活動強度METsは、試合時であっても「2」程度であり、これは日常生活における「ゆっくりとした歩行」や「料理」と同じで、選手の試合後の体感・疲労度に見合わない低値であった。この矛盾は、酸素消費量で身体活動強度を推測するMETsでは推測し得ないエネルギー消費があると考えれば説明がつく。すなわち、競技かるた試合の、特に終盤における交感神経活性化状態で、「酸素は十分にあるのにミトコンドリアの酸化的リン酸化よりも解糖系で優先的にATPを産生する現象(aerobic glycolysis=好気的解糖)」が引き起こされている可能性が考えられた。
スポーツ栄養学的介入を行うには、そのスポーツの消費エネルギーを推算することが必須である。競技かるたをはじめ、頭脳スポーツ要素の強い競技に対して栄養学的介入を行う際には、脳の好気的解糖を念頭に置く必要があると考えられた。
競技カルタの様子
「健康女性における月経周期に伴う自律神経活動の変動の検討」
露木香先生 (京都大学大学院医学研究科 婦人科学産科学)★
「健康女性における月経周期に伴う自律神経活動の変動の検討」
露木香、大須賀拓真、江川美保
京都大学大学院 医学研究科 婦人科学産科学
【目的】月経前症候群(premenstrual syndrome)とは月経前3〜10日間の黄体期に発症する多種多様な精神的あるいは身体的症状 と定義されるが, 有経女性の約半数はさまざまな程度で何らかの月経前症状を経験するとされる. 今回, 月経周期に伴う種々の不調にかかわる客観的指標を探索することを目的としてパイロット研究を行った.
【方法】20-45 歳の規則的な月経周期のある健康女性40 名を対象とし, 募集時に月経前症状の有無・程度は問わなかった. 卵胞期(月経開始後 5-10 日)と黄体期(月経前 1-5 日)の 2 時点において, 「きりつ名人」を用いた 2 誘導による心拍変動解析によって起立負荷(安静座位→立位→着席)に伴う自律神経指標を評価した.自律神経活動の大きさの指標の安静時CVRR,交感神経指標の安静時 LF/HF,起立負荷によるCVRRとLF/HF の変化(ΔCVRR,ΔLF/HF)などについて,卵胞期と黄体期とで Wilcoxon 符号順位検定を行った.検査日にはうつの指標であるBeck Depression Inventory(BDI)などの心理尺度も評価した.
【結果】年齢の中央値(IQR)は 26.0(23.0-35.0)歳.自律神経機能指標の中央値(IQR)は卵胞期/黄体期の順に,安静時 CVRR:7.0(4.8-8.0)/6.5(5.5-7.5), 安 静 時 LF/HF:1.5(0.9-3.6)/1.5(0.8-3.2),ΔCVRR:3.1(2.2-4.3)/2.8(1.1-3.7),ΔLF/HF:7.2(2.7- 8.1)/4.7(2.4-10.1)であり,卵胞期と黄体期で有意な差は認められなかった.卵胞期,黄体期ともに安静時 CVRR 低値(10 パーセンタイル未満)の 2 名では,BDI の点数は卵胞期/黄体期の順に,1 名は 21/20, もう 1 名は 19/25 と高値だった.
【結論】健康女性においては,卵胞期と黄体期の自律神経機能指標に差は認められなかった.卵胞期・黄体期ともに自律神経活動が低い女性ではうつ傾向が認められた.今後は生活支障をきたすレベルの月経前症状があらわれている女性を対象に検討を行いたい.
「ウェアラブルデバイスを用いた自律神経から捉えたPMSの評価と症状緩和の試み」
甘利裕邦先生( 特定非営利活動法人 日本臨床研究支援ユニット(J-CRSU) 理事長)
令和5年度フェムテック等サポートサービス実証事業
「ウェアラブルデバイスを用いた自律神経から捉えたPMSの評価と症状緩和の試み」
甘利 裕邦
特定非営利活動法人日本臨床研究支援ユニット
【計画】
経済産業省が実施した令和5年度フェムテック等サポートサービス実証事業において、ウェアラブルデバイスを用いた自律神経から捉えたPMSの評価と症状緩和の試み」として、働く女性を対象に調査を行った。月経前症候群(Premenstrual syndrome: PMS )の症状測定(毎日のアンケート)と 超短時間心拍変動解析としてApple watchより測定をしたECG波形データから自律神経機能の評価測定を行い、前後の介入として8週間の口輪筋を中心として表情筋トレーニング(クチトレ)を実施、医療機器ソフト「血圧・心拍変動解析ソフトmeijin(きりつ名人)」を用いた自律神経機能評価も前後で実施した。
【結果】
参加者の概要
31名(平均42.4歳、27歳から54歳、中央値42歳)の職業を持つ女性参加者から文書による同意を得た。
【自律神経機能測定】
きりつ名人を用いて自律神経機能の測定をクチトレ介入(8週間)の前後で行った。
クチトレ介入前後のきりつ名人スコア(安静座位と起立時の心拍数と 心拍変動解析結果(CVRR・CCVL/H・CCVHF)を算出し、きりつ名人ソフトでの各項目の年齢標準値と比較し、安静時と起立時の反応からスコアを算出、低い方がストレス高い)の平均値を比較、介入前(6.32)に比較し介入後(6.27)とわずかに減少したものの統計学的に有意差は無かった。
【超短時間心拍変動解析】
Apple watchを被験者に貸与し、1日1回以上心電図測定を自ら行い、メールで株式会社クロスウェルの自動解析システムに送付することを依頼した。測定されたECG波形データから自律神経機能の評価測定を行った結果を“こころの解析”としてメールで参加者にフィードバックを行った。Apple Watchで心電図測定後にメール送信して約1分後に解析結果(下記はサンプル)がメールで送られてくるので、参加者は現在の自律神経活動&緊張度(交感神経)をCVRRとCCVL/Hのグラフから視覚的に把握することができた。
【考察】
Apple watch の超短時間心拍変動解析により自律神経機能の状態を客観的に正しく認識することで、交感神経の緊張度 (CCVL/H(%))が8週間のクチトレ介入前後で下がっていることから、PMSの症状緩和と健康意識向上が期待できる可能性が示唆された。ストレスを軽減する介入(クチトレ)を8週間毎日実施することで、PMSの症状緩和とストレスの軽減が期待できる可能性が示唆された。
「きりつ名人を用いて測定した自律神経と緑内障性視野障害の関連
/東北大学病院健診サテライトと予防医療&ヘルスケアの実現」
山田百合菜先生(東北大学医学部眼科)
「きりつ名人を用いて測定した自律神経と緑内障性視野障害の関連
/東北大学病院健診サテライトと予防医療&ヘルスケアの実現」
山田百合菜1)、清田直樹1)、吉田光秀1)、大木広美1)、面高宗子1) 、國方彦志1)、木村駿1) 3)、
檜森紀子1)、津田聡1)、 横山暢之2)、髙木恭子3)、中澤徹1)
1.東北大学眼科,2.イオン東北株式会社, 3.ロート製薬株式会社
緑内障は多因子疾患であり、自律神経失調の病態への寄与も指摘されている。本研究では広義開放隅角緑内障(OAG)を対象にきりつ名人®(株式会社クロスウェル)で得られた自律神経パラメータと緑内障性視野障害の関連性を検証した。結果はOAG患者では、自律神経活動の大きさや、起立負荷後の副交感神経の回復力が低いほど下方視野が重症化していた。上記よりきりつ名人®により外来で簡便に緑内障患者の自律神経の評価が可能であり、診療に有用であることが示唆され現在東北大学病院では下記取り組みに活用している。
東北大学COI-NEXT「Vision to Connect」拠点として、東北大学病院、ヘルスケアソリューションを提供するロート製薬株式会社、地域生活を支えるイオン東北株式会社と連携し、目と全身の健康を意識し行動変容を促す仕組みづくりを検討し、「東北大学病院健診サテライト まちかど健康ラボ イオン富谷店」を開所した。イオン来店者を対象に、簡易的な非医療機器による視覚、睡眠、自律神経、血流などの機能性評価を行い、生活習慣フィードバックの開発と展開を進める。さらに研究同意者には眼科検査を実施し、視野障害、重度近視等の未来の社会課題解決に向けた予防医療とヘルスケアシステムの研究開発を推進する。将来的には眼科だけでなく他診療科との連携を深め、全身の老化・疾患に対する研究開発の展開を目指す。
「歯科治療時におけるアルコール関連障害群患者の自律神経解析」
井上裕之先生(久里浜医療センター ・神奈川歯科大学障害者歯科)
「歯科治療時におけるアルコール関連障害群患者の自律神経解析」
○井上裕之1,3) 長谷則子2) 井出 桃2) 小松知子3) 伊海芳江4)関端麻美2) 李 昌一5)松下幸生1)角田 晃2) 西村 康2)長谷 徹2)
1)久里浜医療センター 2)神奈川歯科大学短期大学部歯科衛生 3)神奈川歯科大学障害者歯科
4)横浜市開業 5)神奈川歯科大学災害センター
【目的】
歯科治療中は恐怖や不安によって、極度の緊張になっていることが多く、そこに疼痛刺激やさらなる精神的刺激が加わると、血管迷走神経反射を誘発し、心拍が大きく変動し、場合によっては失神することもある。そこで、治療前自律神経機能検査を行うことにより、歯科治療中の心拍の変動が、予測可能かどうかを検討した。
【自律神経測定方法・対象】
歯科治療開始前に血圧・心拍変動解析ソフトmeijin(きりつ名人)で、治療中は血圧・心拍変動解析ソフトmeijin(リラックス名人)を用いて治療開始時に血圧・心電の測定を行い、心拍変動解析を実施した。対象は、2010年5月~2024年10月に久里浜医療センター歯科を受診した患者のうち、事前に治療時のモニタリングについて説明し、同意を得たもので、アルコール関連障害患者男性58例(平均年齢46.2歳、SD9.88)である。本調査、研究については久里浜医療センター倫理委員会の承認を受けた。なお、匿名化したデータを使用し、個人が特定できないように配慮した。
麻酔有:12件 麻酔なし:46件
治療時間平均 17分48秒
【自律神経測定方法】
【方法】
治療中の心拍の変化量ΔHR(最大心拍数ー最小心拍数)をきりつ名人から算出されるパラメータを使って、重回帰分析で予測可能か否かを検討した。
目的変数にΔHR、説明変数を年齢・CVRR(安静)・ΔCVRR(起立-安静)・ccvL/H(安静)・ccvL/H(起立)・ΔccvL/H(起立-安静)・ccvHF(安静)・心拍(安静)・Δ心拍(起立-安静)・麻酔有無とし、重回帰分析の強制投入法を用いた。
予測式の計算式から、特に、年齢、CCVL/H(安静)(起立)Δの影響が大きいことが伺える。
年齢を除くこれらの指標はきりつ名人の測定での交感神経指標の状態・動きであり、治療前の交感神経指標が治療中の心拍の変動量に変動に影響していることが伺われる。
【結果】
アルコール関連障害患者群58例、(平均年齢46.2歳、SD9.88)で、治療前の起立時の心拍変動解析の情報から治療中の心拍の変動量の予測が可能かどうかを検討したところ、予測式のRは0.68であり、ある程度高い精度で予測する可能であることが確認できた。
「自律神経活動の視覚的フィードバックにより動機づけられた成人期勤労者の健康行動は、継続性がみられるか?」
酒井 博美先生(東京福祉大学短期大学部 准教授)
「自律神経活動の視覚的フィードバックにより動機づけられた成人期勤労者の健康行動は、
継続性がみられるか?」
酒井博美
東京福祉大学短期大学部
【目的】昨今、日本でも急速に所有率が高くなった腕時計タイプの端末を用いて簡便に身体活動量や自律神経活動を知ることができることに着目し、複雑な手続きをしたり、フィードバックのない状態で身体活動を継続しようとする場合よりも行動変容や動機づけが維持しやすいのではないかという仮説のもと3か月間介入を行った結果、行動変容と運動セルフ・エフィカシー(以下運動SE)の高まりが確認された。本研究では、介入終了後の継続性に着目し、更なる検討を行った。
【方法】介入時の対象は成人期のオフィスワーカー男女11名であった。対象者に3か月間毎日腕時計式端末を装着のうえ、普段の生活を送ってもらった。その間、対象者は1か月に3回、オンラインもしくは動画で対象者の集団での体操を実施した。装着した機器により得られた心電図波形から、心拍変動解析サービス「こころの旅」(㈱クロスウェル)で心拍変動解析を行い、身体活動量とともに自律神経活動を測定した。集団での体操前後、解析結果は同サービスを用いて対象者に可視化できる状態でフィードバックがなされた。計測期間には1か月毎に、行動面に影響を及ぼすと考えられる運動継続に対する自信の程度を運動SEを用いて測定した。介入終了後は自律神経の計測は個人の自由となり、体操実施も月に1~2回に減じたが、その状況が2か月経過した時点で、運動継続の有無および運動SEを確認した。
【結果】介入時および介入終了後ともに同一の対象者10名のデータを分析対象とした(1名骨折により離脱)。介入時は、視覚的フィードバックを確認する習慣が得られ、また、体操への参加の脱落もみられなかった。介入終了後は、体操は月1~2回の開催となり介入時より減じ実施頻度は低くなったが、ケガ以外で体操から完全に脱落する対象者はいなかった。運動SEについては、介入で有意に高まった状態からは低下したものの、ベースラインと同程度に低くなることはなかった(図1)。
【考察】介入時には、日常行動に対して自律神経活動の視覚的フィードバックがなされることで、行動変容に繋がることが明らかとなった。この結果は、使い慣れた腕時計式端末の装着のみという簡便な方法でありながら、可視化した自律神経活動を把握できること、また、フィードバックにより行動をセルフコントロールした結果が望ましい自律神経活動に繋がることを自覚できたことで更なる健康行動獲得への動機づけに繋がるという好循環が生まれたことが主な理由と考えられた。介入終了後に運動SEが介入時と比較して低下したものの、ベースラインには戻らなかった結果については、主に介入期間が影響しているものと考える。すなわち、3か月間の最低3回/月の定期的な運動および自律神経計測実施は、運動実施をある程度習慣化させるが、完全な習慣化には期間が短かったのかもしれない。したがって、より長期の介入で運動実施に対する自信が定着し介入時の高さが保たれる可能性があるものと捉えている。運動継続には、一定程度定期的な運動の機会があり、そこに仲間がいることの重要性、また自律神経活動のフィードバックにより目に見えない部分へのセルフケアに関心を保つことの大切さを示す結果となった。
図1 運動SEアンケート
「新卒看護師における就職後の起立性調節障害の変化と自律神経機能,ストレス, 抑うつ症状の関連」
川井美緒先生(和歌山県立医科大学保健看護学部 講師)
「新卒看護師における就職後の起立性調節障害の変化と自律神経機能,ストレス, 抑うつ症状の関連」 川井美緒 和歌山県立医科大学保健看護学部
【緒言】起立性調節障害(OD)は,立ちくらみ,失神,倦怠感,動悸,頭痛などの多様な症状が出現し,概日リズム異常や睡眠障害を合併する場合もある.通常,思春期に好発して成長とともに軽快するが,成人期まで長期化したり,進学や就職などの環境の変化によって再発したりすることも稀ではない.新卒看護師は,看護技術の習得,患者や家族への対応,深夜業務,患者の急変や死の経験など,職務に伴う負担が大きく,多様なストレスに曝されることでODが誘発または増悪する可能性がある.また,もともとODがあることで健康状態を悪化させやすくなり,体調不良からバーンアウトや早期離職に繋がることも予想される.ODは新卒看護師が業務に適応する上で注視すべき健康上の問題であるが,ODに焦点をあててストレスや心身の変調に及ぼす影響を検討した報告はみあたらない.本研究では,新卒看護師を対象に就職1か月後から7か月後のODの状態の変化を追跡調査し,ODと自律神経機能の変調との関連,ODがストレスや抑うつ状態に及ぼす影響を検討した.
【方法】急性期病院2施設に勤務する女性看護師のうち,他施設で勤務経験がない新卒看護師105名を対象者とした.就職1か月後と7か月後に自記式質問票によるOD(日本小児心身医学会のスクリーニングチェックリスト),ストレス(改訂出来事インパクト尺度:IES-R),抑うつ状態(抑うつ状態自己評価尺度:CES-D)の調査と,簡便な起立試験による自律神経機能検査を実施した.本研究では,1か月後と7か月後のデータの連結が可能であり,測定不備や欠損のなかった48名(21.9±3.0歳)を分析対象者とした.
【結果】OD陽性者は1か月後に比べて7か月後に増加し,立位での気分不良,動悸・息切れ,午前中の不調,食欲不振,倦怠感で陽性となる者が多かった.起立試験における自律神経活動では,起立直後のCVR-Rとその座位からの変化量が7か月後に有意に低下した.IES-Rについては,回避症状と過覚醒症状の得点が上昇した.CES-Dでは,うつ気分,身体症状,ポジティブ感情の得点が上昇,抑うつ状態と判定される者が増加した.OD陽性者は陰性者に比べて,起立試験における起立直後のCVR-Rとその座位からの変化量が7か月後で有意に低値であった.また,ODの状態を従属変数とするロジステック回帰分析を行った結果,IES-Rでは,7か月後に侵入症状と過覚醒症状が有意に関連した.CES-Dについては,1か月後は身体症状のみであったが,7か月後はうつ気分でも有意な関連を認めた.1か月後から7か月後にかけてのOD状態の変化で分類した3群(陰性持続群,陽性変化群,陽性持続群)を比較したところ,IES-Rは,陰性持続群は1か月後と7か月後で明確な差はみられなかった.一方,陽性変化群はすべての因子で7か月後に有意に得点が上昇した.特に,回避症状は陽性持続群よりも高値となり,1か月後からの変化が大きかった.CES-Dについては,陽性変化群はすべての因子が上昇し,身体症状とうつ気分では有意な差が認められた.また,陽性持続群は1か月後と7か月後ともに他の群よりも得点が高い状態を維持した.
【考察】新卒看護師は,看護業務に適応していくなかで様々なストレスを経験し,約半年を経過した時点から深夜勤務が導入され,睡眠・覚醒リズムが乱れやすくなると推察される.これらが複合的にODの増加を招いた可能性がある.就職7か月後には,起立直後のCVR-Rとその座位からの変化量が有意に低くなり,自律神経の活動性が相対的に減弱していた.また,就職後にODが陰性から陽性に変化した者は起立直後のCVR-Rが有意に低下した.これは,ODが自律神経系の変調に随伴して発現または増悪することを支持する結果と考えられる.IES-Rの得点は侵入症状,回避症状,過覚醒症状ともに7か月後に高くなっていた.また,ODが陰性から陽性に変化した者はすべての因子の得点が有意に上昇したことから,多様なストレスがOD症状の悪化に影響を及ぼすことが示唆された.CES-Dでは,うつ気分,身体症状,ポジティブ感情の得点が上昇した.新卒看護師は身体的・心理的負担を抱えやすく,抑うつ状態に陥るリスクが高いと予想され,ODの陽性者は陰性者に比べて得点が高かったことから,ODの症状と抑うつ状態は相互に影響しながら増悪するものと推察された.以上のように,新卒看護師はその適応段階において様々なストレスを経験するなかで,自律神経の変調を伴いながらODを発現または増悪させやすいこと,さらに,ODが存在する場合に抑うつ状態に陥りやすく体調の悪化を来す可能性があることが示唆された.これらは,新卒看護師が就職後に心身の不調を招く誘因としてのODの重要性を示唆するものであり,健康管理や職場適応に向けた支援に役立つ有益な知見となるものと考えられる.
「きりつ名人®を用いた体位性頻脈症候群の評価を行った低髄圧による頭痛の1例」
光藤 尚先生(埼玉医科大学 脳神経内科 助教)
「きりつ名人®を用いた体位性頻脈症候群の評価を行った低髄圧による頭痛の1例」
光藤尚
埼玉医科大学 脳神経内科
国際頭痛分類第3版によると、低髄圧による頭痛は、その鑑別に体位性頻脈症候群が挙げられている。近年、両者が共存するという報告もあるが、その機序に関しては十分な検討がなされていない。
今回、第一第二頚椎背側に髄液漏出を認め、起立試験で体位性頻脈が確認できた20代男性例に末梢輸液を行ったところ、画像上髄液漏出の拡大を認めたが、頭痛と体位性頻脈が先行して改善した症例を経験した。 両者の共存に関する十分な検討はないが、きりつ名人®を用いた起立試験は簡便に体位性頻脈の評価が可能であり、両者の共存に関する検討に寄与すると考えられた。