第5回臨床自律神経機能Forum抄録
■第1セッション:日常生活の中の心拍変動解析
演者:
・透析患者と自律神経
出川寿一先生(宮前平健栄クリニック)
・心拍変動のリアルタイム解析を用いた運動支援プログラムの開発
勝俣良紀先生(慶應義塾大学医学部スポーツ医学総合センター)
・長時間心拍変動解析による自律神経機能評価
早野順一郎先生((株)ハートビートサイエンスラボCEO 名古屋市立大学名誉教授)
■meijinを活用した研究のご紹介
・レム睡眠行動異常と24時間自由行動下血圧モニタリングにおける血圧変動性との関連
鳥羽梓弓先生(東京都健康長寿医療センター)他
・一過性の軽〜中強度運動後の認知機能と副交感神経活動との関連
田上友季也先生(福岡大学大学院 スポーツ健康科学研究科)他
和泉美枝先生(同志社女子大学看護学部)他
井上裕之先生(国立病院機構久里浜医療センター歯科)他
・当院でのリアルタイム心拍変動解析を用いた取り組みについて
〜CPX中の血圧低下の原因鑑別に有効であった1症例〜
山岸純也先生( 岐阜大学医学部附属病院 リハビリテーション部 )他
■自律神経セルフケア
伊藤剛先生 (北里大学客員教授 北里大学東洋医学総合研究所)
■第2セッション
黒岩義之先生(帝京大学附属溝口病院脳神経内科客員教授・脳卒中センター長)他
■第一セッション:日常生活の中の心拍変動解析
・透析患者と自律神経
出川寿一
宮前平健栄クリニック
透析患者では自律神経機能の低下が示唆されている。一方、自律神経機能の変化と心血管系トラブルとの関係が指摘されている。生命予後に関わるようなトラブルが高頻度に起こる透析患者で自律神経機能の変化がイベント予測に役立つかどうかを検討した。
【対象】健栄クリニックで透析中の患者さんのうち糖尿病を合併している50名。(イベントあり:9名 イベントなし:41名)
健常者については有田幹雄先生がまとめられた99名のデータを使用した。
【方法】
きりつ名人の各データを透析患者イベントあり、イベントなし、健常者の3群間で比較した。
【結果】
安静時CVRR、ΔCVRR、きりつ名人スコアは、健常者と比較して透析患者で低下していた。しかし、イベントの有無による差は認められなかった。
安静時CCVL/H、ΔCCVL/H、安静時CCVHFは3群間で差が認められなかった。
各測定値の動きを30秒ごとの時間経過でみたところ、起立60秒後のLFの増加と安静時CVRRとを組み合わせることでイベントのリスク増加を検出できる可能性が示唆された。
・心拍変動のリアルタイム解析を用いた運動支援プログラムの開発
勝俣良紀
慶應義塾大学医学部スポーツ医学総合センター
心血管疾患患者に対し定期的な有酸素運動が推奨されているが、間欠的な心肺運動負荷検査(CPX)では、日々変化する状態に応じた適切な運動強度の提供は困難である。
今回、運動中の心拍変動(HRV)のリアルタイム解析により最適な運動強度を決定出来るかどうかの検証を開始している。
心血管疾患患者25人に対し、呼気ガス分析を用いて嫌気性代謝閾値での酸素摂取量(AT-VO2)を決定した。運動療法中、VO2とHRVの高周波成分(HF)を連続的に測定し、負荷強度はHF(目標HF:5~10)に基づいて決定した。運動療法中のVO2とAT-VO2を比較し、その類似性の検証にはBland-Altman手法を適用した。研究参加者は65±8歳であった。運動療法中のVO2はAT-VO2と高い相関を認め (r=0.701,P<0.001)、Bland-Altman手法は両者にバイアスがないことを示した。
HRVのリアルタイム解析を用いて、運動療法中に適切な有酸素運動を支援するプログラムの開発に成功した。心電計のみで有酸素運動の運動強度を簡潔かつ非侵襲的に提供出来る本プログラムは、安全かつ効果的な運動療法の機会の推進を期待出来る。また、ウェアラブルデバイスを用いることで、より簡便に適切な運動強度を決定する可能性が示唆された。
・長時間心拍変動解析による自律神経機能評価
早野順一郎
((株)ハートビートサイエンスラボCEO 名古屋市立大学名誉教授)
心拍変動解析といえば低周波数(LF,0.04-0.15 Hz)成分と高周波数(HF,0.15-0.40 Hz)成分の分析、という基本的なパターン(LF-HFフレームワーク)は、心拍変動による自律神経機能評価の理論的基盤としてその普及に貢献してきたが、心拍変動のHF成分が副交感神経活動を反映し、LF成分が副交感神経と交感神経活動の両者を反映するという解釈があてはまるのは、心身のストレスがなく安静が保たれた状態で測定された心拍変動である。近年、急速に普及しているウェアラブルセンサから得られる、活動状況や測定環境が特定されない状況で得られた心拍変動に対しては、無批判にこの解釈を当てはめるべきではない。特に、立位や身体活動はHFパワーを低下させ、LF/HFを増加させる。自由行動下のHFパワーからは、それが低い人は高い人に較べて副交感神経機能が低下しているのか、副交感神経機能は正常だが活動度が高いために副交感神経活動が抑制されていたのかは、不明である。さらに、HFパワーには高齢者に多い洞機能異常によるheart rate fragmentation(HRF)に起因する非自律神経性の成分が混入することもある。これらの結果、長時間心拍変動スペクトルの極低周波数(ULF、<0.0003Hz)、超低周波数(VLF、0.0033-0.04 Hz)、LF、HF成分のなかで、HF成分までの心拍変動スペクトル成分の中で、急性心筋梗塞後死亡リスクの予測力が最も低い。また、長時間心拍変動のLF/HFは、その低下が死亡率リスクの予測因子となり、高い人の方が予後が良好である。
このような背景から、長時間心拍変動による自律神経機能評価には、LF-HFによる自律神経機能評価の枠組みをそのまま当てはめることはできず、新たな自律神経機能評価法の確立が求められる。そこで、その具体的なイメージを共有するための研究の例として、(1) 起立時のLF増加反応(Fig.1)、(2) 期外収縮で誘発されるR-R間隔のheart rate turbulence、(3) 睡眠時無呼吸に伴う心拍数周期性変動の振幅(Fig.2)、(4) 非ガウス性指標などによる自律神経機能評価(Fig.3)を紹介し、議論のきっかけとしたい。
・レム睡眠行動異常と24時間自由行動下血圧モニタリングにおける血圧変動性との関連
鳥羽梓弓、石川讓治、宮脇正次、青山里恵、田村嘉章、荒木厚、原田和昌
東京都健康長寿医療センター 循環器内科、糖尿病代謝内分泌科
【目的】 高齢者の血圧管理においては血圧変動性の亢進がしばしば問題となり、認知機能低下や生活の質の低下と関連していることが報告されている。レビー小体病はレム睡眠行動異常や認知機能障害、自律神経機能障害を特徴とする疾患であるが、我々は、臨床的に明らかなレビー小体病を有さない高齢高血圧患者において、レム睡眠行動異常(RBD)と血圧変動の関連について調べた。
【方法】 外来通院中の高齢高血圧患者で、24時間自由行動下血圧モニタリング(ABPM)とフレイルや認知機能の評価を行った、連続111名(2019年11月から2021年2月)に対してレム睡眠行動異常スクリーニングのための問診(RBD-J)を行った。また、診察時に安静座位、起立、1分間の立位保持、着席の体位変換における心拍変動係数も測定した(きりつ名人)。
【結果】 平均年齢81.0±6.3歳、男性68%、MMSE 27.1±3.8, MoCA 21.2±5.3であった。13名でRBD(5点以上)を認めた。RBD(+)群とRBD(-)群の間で、24時間平均血圧144.6/78.9 vs. 136.5/75.8 mmHg (P=0.095/0.215)、起床区間血圧 146.4/81.5 vs. 140.4/78.6 mmHg (P=0.219/0.261)、就寝区間血圧140.4/73.7 vs. 128.8/69.8mmHg(P=0.058/0.368)には有意差を認めなかったが、RBD(+)群ではRBD(-)群と比較して、24時間平均収縮期血圧の変動係数(CV, coefficient of validation)17.7±3.8 vs. 15.2±4.0% (p=0.041)、24時間平均拡張期血圧のCV24.1±6.0 vs. 18.4±6.0% (p=0.002)、起床区間拡張期血圧のCV 23.4±7.9 vs. 18.2±6.4 (p=0.01)、就寝区間収縮期血圧のCV14.9±5.8 vs. 12.0±4.6% (p=0.036)はいずれも有意に大きかった。起立性の血圧脈拍変動に関しても、RBD(+)群ではRBD(-)群と比較して、座位から立位保持への血圧低下が大きく(-4.9±11.0vs7.5±11.8mmHg, p=0.009)、心拍変動係数も有意に低下していた(1.3±0.6vs2.4±1.5, p=0.039)。認知機能は両群で有意差はなかった。年齢、性別、24時間平均収縮期血圧といった交絡因子で補正した後も、RBD(+)群では、24時間平均収縮期血圧のCVが有意に大きく(P=0.008)年齢、性別、24時間平均拡張期血圧といった交絡因子で補正した後も、RBD(+)群では、24時間平均拡張期血圧のCVが有意に大きかった(P=0.011)。同様の解析は起床区間では有意差は見られなかったが、就寝区間で有意差が見られた。
【結論】 明らかなレビー小体病の臨床診断基準を満たさない高齢患者においても、レム睡眠行動異常はABPMにおける血圧変動性亢進と関連しており、高齢者における血圧変動性亢進の機序の一つである可能性が示唆された。
・The relationship between cognitive function and parasympathetic nerve activity after acute mild to moderate intensity exercise
一過性の軽〜中強度運動後の認知機能と副交感神経活動との関連
田上友季也1)、上原吉就1)2)
1)福岡大学大学院 スポーツ健康科学研究科、2)福岡大学病院 予防・抗加齢・再生医療センター
先行研究では習慣的な運動による認知機能の向上は、副交感神経活動の高まりと関連することが示されている。しかし、一過性の運動時は副交感神経活動が低下するため、一過性の運動後における認知機能の向上と自律神経との関係は習慣的な運動時とは異なると仮定し、一過性運動後における認知機能と自律神経活動との関連を検討した。
本研究は、12人の成人男性を対象者に運動条件と非運動条件(座位安静)における認知機能と自律神経活動の比較をした。
運動条件ではトレッドミルを用いて自覚的運動強度 (RPE) 10-12に相当するスピードで、10分間のランニングを実施した。
認知機能は空間遅延反応課題とGo/No-Go課題を組み合わせた課題(本研究は課題に対する反応時間で評価)を用いて各条件の前後で評価し、認知課題中の自律神経活動評価はReflex名人(クロスウェル社、横浜、日本)を用いて心拍変動評価および周波数解析により評価した。
非運動条件では10分間の座位安静前に比べて座位安静後に副交感神経活動が高まっていたが(P < 0.05)、認知機能への影響は認められなかった。一方で、ランニング運動前と比較して運動10分後で副交感神経活動(心拍変動の高周波成分: 0.15-0.4 Hz)が低い状態を示しており、認知課題時の反応時間はランニング運動前と比較して運動後に短縮した(P < 0.05)。これらの結果から、一過性の運動後の認知機能向上においては、副交感神経活動の減退と関連することが示唆された。
今後の取り組みとして、安静時のみならず運動中の自律神経活動評価にも取り組んでいく予定である。運動中の自律神経活動については明確になっていない点が多い。そこで、自転車運動やランニング運動といった運動様式の違い、年齢や性別、運動習慣の違いなどに着目し、心拍変動評価を用いて運動中の自律神経活動を検討し、その結果をもとに運動処方への応用を目指していく。
・妊娠期における能動的起立負荷による自律神経活動の推移
和泉美枝、眞鍋えみ子
同志社女子大学看護学部
自律神経はホメオスターシスを維持するため,起立などの急激な循環動態の変化にすばやく反応するが,その変化に反応しなければ循環動態に障害が起こり,めまい感や眼前暗黒感など起立不耐症状が見られ,転倒のリスクとなる。
一方,妊婦の循環血液量は非妊娠時の1.5倍となり,さらにホルモンの作用により全身の血管は拡張,末梢血管抵抗は減少するなど,妊娠期の循環動態はダイナミックに変動し,妊娠経過にともない自律神経活動は変動する。したがって,妊娠期は起立負荷時の循環血液量を維持する自律神経の代謝調節機構が,適切に機能しない可能性が推測される。
【目的】 妊娠期の起立負荷による自律神経系の調節機構を解明するため,能動的起立負荷による初・中・末期の自律神経活動を検討する。
【対象と方法】 妊婦73名に縦断的に妊娠各期の起立負荷時の心拍変動を測定し自律神経活動を解析した。指標は総自律神経(CVRR),交感神経(LF/HF),副交感神経(CCVHF),交感・副交感神経(CCVLF)で分析には座位4分間(座位),立位直後1分間(起立),立位後1~2分の1分間 (立位),座位直後1分間(着席)のデータを用い妊娠時期と体位による反復測定二元配置分散分析及び下位検定をした。
【結果】 妊娠時期の主効果はLF/HFとCCVLF,起立の主効果は全指標,交互作用はCCVHF以外に見られた。多重比較ではCVRRとCCVLFは3時期とも座位より起立時は有意(全てp<.001)に上昇,立位時は下降(中期のみ有意で順にp=.004,.033),着席時は有意(全てp<.001)に上昇した。妊娠時期の比較ではCCVLFは末期は初期より座位・起立・着席時は有意(順にp=.015,.032,.008)に低値であった。LF/HFは3時期とも座位より起立時は有意(初・中期p<.001,末期p=.001)に上昇,立位時は初・末期は有意(初期p<.001,末期p=.004)に高値を維持したが,中期は座位時と有意差のない値まで下降した。また末期は中期より起立時は有意(p=.015)に低値であった。CCVHFは3時期とも座位より起立時は下降し(初期p=.001,中期p<.001),立位時は有意に下降(全てp<.001),着席時は上昇(中期p=.011,末期p<.001)した。
【結論】妊娠時期により起立負荷が自律神経活動に及ぼす影響の大きさは一様でなく,中期は立位時のCVRR,LF/HF,CCVLFの抑制,末期は起立時のLF/HF,CCVLFの抑制が示された。
(日本助産学会誌34巻1号 p50~60より転載)
Analysis of an alcoholism patient’s autonomic nerve system in dental treatment
歯科治療時におけるアルコ-ル関連障害群患者の自律神経解析
○井上裕之1,4) 長谷則子2) 井出桃3) 横山滉介4) 小松知子4) 伊海芳江5)李昌一6) 関端麻美3) 吉本夢3) 角田晃3) 宮城敦3) 西村康3)長谷徹3)
1) 久里浜医療センター歯科2) 神奈川歯科大学歯学部3) 歯科衛生4) 障害者歯科5) 横浜市開業6) 災害センター
【目的】 アルコ-ル関連障害群患者では、歯科治療時に様々な症状が発現することをこれまで発表してきた。 今回は、健全者群との比較を行うことにより、 アルコール関連障害群患者での自律神経活動の変化をより明確にするすることをめざし、検討を行った。なお、今回はスペクトル表示解析も実施したので明示する。
【方法および対象】 心拍変動解析装置および血圧・心拍変動解析ソフト「きりつ名人」により, 歯科治療前に交感神経, 副交感神 経のバランス, 自律神経活動およびバランス, 循環状態を 安静座位, 起立に伴う動作時, 起立1分後の各値を測定分 析し, 総合的な自律神経・循環状態・反応を評価した。 歯科治療中はリアルタイム自律神経・ 血圧変化を計測し,「リラックス名人」 にて解析した。 なお, 血圧は治療開始時だけでなく, 歯科治療時間が長い場合には, 定期的 な自動測定を行っている。
歯科治療時の緊張判定には L/H, 不快判定にはCVRR値を 用いて検討した。 対象は, 2010年5月~2014年4月に久里浜医療セン ター歯科を受診した患者のうち, 事前に治療時のモニタリ ングについて説明し同意を得たもので, アルコール関連障 害で入院経験のある男性44例(平均年齢43.6歳、SD 10.2)である。本調査, 研究については久里浜医療セン ター倫理委員会(倫理審査186号)の承認を受け, 匿名化し たデータを使用し, 個人が特定できないように配慮した。 一方, 健全者群は某自治体職員男性43名(平均年齢36.7 歳,SD 8.4)とし, そのデータとの比較検討を実施した。
【結果】アルコール関連障害患者は起立前安静時の心拍数が多く、自律神経活動は低値のものが多い傾向が認めら れ、交感神経指標高値の傾向が認められた。 また、スペクトル表示解析においても健全者群では 安静から起立に対して反応が明確に示された例が 多かったのに対して、アルコール関連障害群患者では 反応が小さくしかみれないものや自律神経活動が やや低下しているものが明示された。
【結論】 アルコール関連障害者では 自律神経活動および予備力が 多くで低下しており, 歯科治療中の安全性を 高めるためには, リアルタイム自律神経評価を 行うことが極めて有用である。
・当院でのリアルタイム心拍変動解析を用いた取り組みについて
〜CPX中の血圧低下の原因鑑別に有効であった1症例〜
山岸純也1)、松本淳2)、渡邉崇量2,3)
1) 岐阜大学医学部附属病院 リハビリテーション部 2) 岐阜大学大学院医学系研究科 循環器内科学3) 岐阜大学医学部附属病院 検査部
【背景】
当院では心肺運動負荷試験(CPX)中にReflex名人®(クロスウェル)を用いてリアルタイム心拍変動(HRV)解析を行い、自律神経活動の経時的な観察を行っている。CPX中に血圧低下を来す症例を一定数経験するが、その原因確定については苦慮することが多い。血圧低下の要因の1つとして血管迷走神経反射が挙げられる。今回、CPX中の血圧低下の原因鑑別にリアルタイム自律神経測定が有効であった症例を経験したため報告する。
【症例】
症例は肥大型心筋症の20代女性。その他に合併症はなし。経胸壁心エコー図検査(TTE)では左室内圧較差や、左室流出路狭窄は指摘されていない。運動耐容能評価目的でCPX施行となった。CPXは3分間の安静の後、最大負荷(Peak)までエルゴメーターを駆動しその後2分間のCool-downを実施するプロトコールで施行した。Cool-down中に血圧の著明な低下(141/84mmHgから97/57mmHg)と、嘔気の自覚を認めた。心拍数(HR)はPeak時では126bpmであったがCool-down1分時点では103bpmと低下を認めた(図1)。HRV解析では、Cool-down中から著明な高周波成分(HF)の上昇を認めた(図1)。Cool-downを中止して臥位にしたところ症状は軽快した。
【考察】
肥大型心筋症、特に左室内圧較差がある症例では運動負荷後の急激な前負荷低下により、血圧低下を来すことがある。しかし本症例ではHRVにてCool-down中の自覚症状と血圧低下の出現時に著明なHFの上昇を認めており、それとは異なり典型的な迷走神経反射による血圧低下であったと考えられた。
【結語】
CPXとHRVによるリアルタイム自律神経活性測定を同時施行中に血圧低下を来たした症例を経験した。HRVの結果がリアルタイムに得られたことにより迷走神経反射による血圧低下である可能性を判断する一助となった。
本稿は第69回日本心臓病学会学術集会で報告した内容を一部改変して作成した。
自律神経セルフケア
今回「日常生活の自律神経」というテーマにちなんで、伊藤剛先生 (北里大学客員教授 北里大学東洋医学総合研究所)から自律神経を整えるにはどうしたらよいかということで「
足先が冷えて眠れないときは 足趾ストレッチを
伊藤剛先生 北里大学客員教授 北里大学東洋医学総合研究所
「足趾ストレッチ」は硬くなった足の趾の筋肉を引き伸ばし、血管収縮性交感神経の緊張により低下した血行を回復させます。手の指は手のひら側に曲げても何ともないように、健康な足趾であれば、足底側にいくら曲げでも全く痛くはありません。しかし、硬くなって冷えた足趾の筋肉(伸筋)は痛覚過敏になっているため、曲げると痛みが出るのです。ストレッチをして血流が改善すると痛みはなくなります。
足趾を十分曲げて血流を一旦止めた後、曲げるのをやめ、再度血流が還流し始めると、一酸化窒素(NO)がでてきて、血管を拡張させ勢いよく血流が流れて足趾の冷えも筋肉の硬さもなくなります。
特に足先が冷える四肢末端型冷え症は、冷えを感じる時にはすぐにこの足趾ストレッチをやってみましょう。足先だけでなく、お腹から全身に至るまですぐに温かくなります。
足趾ストレッチ中をリアルタイム心拍変動解析で見てみると・・・
伊藤剛先生からのコメント
自律神経の実験データ(図1)では、確かに脈拍とCVRRもが刺激後に一時的に低下し、その後回復しています。また、L/Hは刺激時には一時的に増加し、刺激後5分間では一時的に低下し、その後徐々に元に回復していますし、ccvHFは刺激時には低下し、刺激後5分間では一時的に増加し、L/H同様、その後元に戻っています。このことから、この5分間に足趾の血流が増加し、その後は自律神経バランスが元に戻った可能性はあると思います。冷えを改善するには、5分間でも収縮していた血管が開き、血流が一端増加すれば、その後の血流も安定して供給され、冷えが改善することが期待されると思います。
第2セッション
・視床下部のサイエンスと東洋医学思想
黒岩 義之 1)2) 、平井利明 2)
(財務省診療所1)、帝京大学医学部附属溝口病院脳神経内科・脳卒中センター2)
1.東洋医学の真髄はSimplicity and Balance
人類史上の世界四大文明(メソポタミア文明、エジプト文明、インダス文明、黄河文明)を生んだ4つの発祥地のうち、インドと中国で生まれたのが東洋医学である。東洋医学は「陰陽5行説」や 「表裏・寒熱・虚実・陰陽説」で身体の生理学的状態や病態を説明する。理論のベースとなるのが陰陽思想と呼ばれる2元論であり、古代中国で3000年前から始まり「黄帝内経」の根幹をなす。ヒトを含めた生命体は自然の縮図であり、その本体が陰と陽の対立と調和からなるという理論は、まさしく生命体の中で起こっている生命現象の基本原理といって間違いない。人体にも陰と陽があり、その陰陽のバランスが破綻することが体調不良につながるという仮説は視床下部症候群の理論と矛盾しない。ノーベル賞を受賞した真鍋淑郎博士の座右の銘はSimplicity and Balanceであるが、究極のSimplicityとBalanceを論じた陰陽思想が3000年前に記述されていたことは驚きである。「黄帝内経」では陰陽論と5行説を組み合わせた「陰陽5行説」が提唱された。私は陰である「休息、消化、繁殖系」と陽である「闘争、逃走、産熱系」からなる身体の状態を、①概日リズム、②自律神経機能、③免疫反応、④内分泌機能、⑤本能行動(摂食行動、飲水行動、繁殖・養育行動)、➅熱エネルギー代謝(深部体温、栄養代謝)、⑦情動・記憶、⑧疼痛・感覚閾値、⑨歩行・運動、⑩循環動態(循環血液量、脳脊髄液動態、神経血管カップリング反応)の10行(図1)に配当した「陰陽10行説」を提唱したい(表)。
2.東洋医学からヒントが得られたストレス分類
東洋医学の病因論は現代医学のストレス理論に通じる内容を含んでいる。東洋医学では病気が起こる原因を気候などの物理的環境ストレス(外因)、感情を伴う心理社会的ストレス(内因)、それ以外のストレス(不内外因)の3種類に分類している。私は2元論の立場で、生体が暴露される環境ストレスは外部環境ストレスと内部環境ストレスからなると提唱したい。外部環境ストレスには①物理感覚的ストレス(光、音、寒暖、低気圧、湿度、振動、加速度、外傷)、②化学感覚的ストレス(匂い、味、低気圧、空気中の低酸素濃度、有毒ガス、ホルムアルデヒド、トルエン、農薬、除草剤、食品添加物)、③感染・炎症・免疫・凝固系ストレス(細菌感染、異物暴露、外傷性出血),④心理社会的ストレス(不安・恐怖体験、対人関係トラブル、心的トラウマ)があり、著しい多様性に富む。内部環境ストレスには低血糖、脱水、高体温、低体温、電解質異常、浸透圧異常、内臓出血、メカニカルストレス(筋運動)が含まれる。
3.東洋医学の実虚からヒントが得られたストレス不耐の病態
東洋医学の実虚という概念はストレス不耐症に通じる内容である。東洋医学では生体の抵抗力(耐久力)が充実している「実」と、それが衰えている「虚」があると考えた。fight or flight(闘争か逃走か)が十分できる状態はストレスに対して「実」の状態であり、ストレス不耐症はストレスに対して「虚」の状態である。ミトコンドリアを介するエネルギー産生(ATP産生)が不十分な慢性疲労症候群やフレイル症候群はストレス耐久力の源であるエネルギー産生が不十分な「虚」の状態である。ストレス暴露に対して生体が自律神経・内分泌・免疫症状、疼痛・疲労・記憶障害など多彩な症状が重層的に起こることがある(図2)。このような病態をストレス過敏症(ストレスに対する入力系の過敏状態)やストレス不耐症(ストレスに対する出力系の不全状態)と定義する。両者は対立する概念ではなく、同じ病態を表から見たか裏から見たかの違いであり、ともに視床下部性ストレス不耐・疲労症候群の病像を呈する(図3)。
4.東洋医学の寒熱からヒントが得られたストレス反応の2次元平面図
複雑な制御回路を擁する視床下部は、意外にも緊急事態型(交感神経型、短距離レース型)と平常時型(副交感神経型、長距離レース型)というシンプルな2極体制からなる(表)表。ストレス反応の制御様式は情報伝達系制御軸(両極は交感神経活動と副交感神経活動)と熱エネルギー系制御軸(両極は熱エネルギーの消費と蓄積)の2つの交差軸からなる2次元平面図(ポートフォリオ)であらわすことができる(図4)。視床下部はこれらのストレス反応を制御して、生体の恒常性を制御しているのであるが、緊急事態型モード(交感神経活動時,ATPエネルギー消費時)ではストレス暴露から生体を守るのに必要なストレス反応を維持する能力、すなわちストレスに対する耐久性がいかんなく発揮される。ストレス不耐症の患者では、健康な人では全く問題とならないような低レベルの物理的感覚ストレス、化学的感覚ストレス、免疫・凝固系ストレス、心理社会的ストレスに対して、感覚過敏(光過敏,音過敏,匂い過敏,低気圧過敏),免疫過敏(アレルギー)、あるいはストレス不耐症(体調不良やパニック)を起こす。 このようなストレス不耐症は緊急事態型モードにおける交感神経活動やエネルギー消費活動の機能不全(虚)のため生じると推定される(図5)。一方、慢性疲労は平常時型モードにおける副交感神経活動やエネルギー蓄積活動の機能不全のため生じると推定される(図5)。
5.現実的行動選択と予測的行動選択における視床下部
ヒトは現実の環境情報を常に参照しながら、安全な行動を選択する。すなわち、死ではなく生を選択する本能的決定(視床下部)、損ではなく得を選択する報酬的決定(線条体)、嫌いではなく好きを選択する情動的決定(扁桃体)、罰ではなく報酬を選択する意思的決定(眼窩前頭皮質)の4層構造からなる現実的な行動選択である(図6の左半分)。一方、ヒトは未来に起こることを常に予測しながら、ワクワクした未来を実現す的決定、前頭極、前外側前頭葉による意思的決定の4層構造からなる予測的/展望的/想像的な行動選択である(図6の右半分)。視床下部による予測的行動の本能的決定の例としては「妊娠した雌の哺乳動物がこれから生まれる赤ちゃんを出産し、育てるために、天敵から襲われにくい地下の巣穴を探す」行動選択が挙げられる。
6.後漢書に見られる「神経」
「神経」という言葉は「解体新書」の中で、杉田玄白が創作したものである。しかし、それよりも1300年前、中国の范曄が書いた後漢書の方術伝序の中に「神経」という言葉が出てくる。その意味は「不思議な書物」であったが、まさしく「神経」はmysterious informationを伝える臓器である。