Apple Watchを活用した、心拍変動値のばらつき具合が不安・労働生産性を予測

これまで、心拍変動がうつや不安、ストレス、Well-beingと関連していることは報告されているが、計測機器・手法および解析手法などの点から自身で簡易的に計測した心拍変動値*1の妥当性を考慮した応用は実現できていなかった。また心拍変動結果の解釈についても、一般的な基準値をその判定に用いられていた点も問題であり、従来から行われている、単回の心拍変動の結果を用いた、うつや不安、ストレス、Well-beingの予測はその精度が課題であった。加えて、労働生産性の指標となるプレゼンティーイズム*2との関連に関しては、十分に解析がされていなかった。

 

上記の課題に対して、市販されているスマートウォッチを用いて、より簡易的・即時的な心拍変動計測・解析手法を開発し、日々の計測に応用することで不安・労働生産性を評価する試みを実施した。健常なオフィスワーカーを対象にApple Watchを用いて、2ヵ月間、毎朝30秒の心拍変動解析データを収集するとともに、不安状態を定量化するためにSTAI(State-Trait Anxiety Inventory)*3のアンケートに回答してもらった。また、プレゼンティーイズムの定量化のため、Work Limitation Questionnaire(WLQ)*4にも回答してもらった。その結果、HRVを30日以上モニターした279名(男性比率83.9%、年齢42±10歳)のHRVデータが収集され、HRV解析で求められる、HF(高周波成分)及び、LF(低周波成分)とHFの比であるL/Hの対数変換値(LnccvHF、Lnccv L/H)は、特性不安(不安に対する感度)が高い性質を持つ群で低い群と比較して、高い分散を示した(図1)。

また、ロジスティック回帰分析の結果、高特性不安群の独立した予測因子としてBMI(オッズ比(OR)=0.92、p=0.02)と平均LnccvL/H(OR=10.75、p<0.01)に加え、Lnccv L/Hの分散が認められた(OR=2.39E+8、p=0.011)さらに、これらの予測モデルを利用して高特性不安を予測する適切なカットオフに基づき、連日の心拍変動解析の結果を2群に分けると、特性不安予測モデルのスコアが高い群においては、プレゼンティーイズムの指標であるWLQ生産性低下スコアが高い値を示すことがわかった(p = 0.02、r = 0.17)。日々計測したHRVの分散状態に着目することで、簡易的かつ即時的に、不安と労働生産性の定量的モニタリングが期待される(図2)。

この研究結果は2024年2月28日(日本時間)に Digital Health 誌で公開されました。

 

論文

タイトル:Visually assessing work performance using a smartwatch via day-to-day fluctuations in heart rate variability

タイトル和文:心拍変動の日内変動によるスマートウォッチを用いた労働生産性の視覚的評価

著者名:大川原洋樹、白石泰之、佐藤和毅、中村雅也、勝俣良紀

掲載誌:Digital Health

DOI:https://doi.org/10.1177/20552076241239240

 

【用語解説】

(注1)心拍変動:心電図で心拍を細かいサンプリング周波数で収集すると(本研究は1/1000秒)、心拍の間隔はわずかに変動しており、この変動を心拍変動と呼ぶ。

(注2)プレゼンティーイズム:労働生産性の重要な指標と呼ばれており、心身の健康に問題を抱えながらも仕事に従事している状態を表す言葉である。プレゼンティーイズムが高いほど、その人の労働生産性は低下していると解釈することができる。

(注3)STAI(State-Trait Anxiety Inventory):不安を感じている状態を評価する状態不安と不安への感受性を表す特性不安の両尺度を評価することができる質問票テスト。点数が高いほど、それぞれの不安が強いことを示す。

(注4)Work Limitation Questionnaire(WLQ):プレゼンティーイズムによる労働生産性がどれくらい低下しているかを評価する質問票。労働生産性がより低下していると高い値を示す。