黒岩義之1,2)、平井利明2)
1).財務省診療所、2).帝京大学医学部附属溝口病院脳神経内科・脳卒中センター

地球は太陽と水と生命の惑星である。物理学者シュレディンガーは70年前に「生命体には暗号のようなものがある」「生命体の本質は負のエントロピーの創造にある」という2つの重要な予言をした。生命体にある暗号はワトソン・クリックの二重らせんモデルで証明された。生命界で熱力学的にエントロピーが下がる(負になる)ということは「秩序を保つ」ということである。これこそがまさに恒常性(ホメオスタシス)ということになるが、生命体を生命体たらしめる 「秩序の維持」は宇宙の法則(エントロピーが正になる)に逆らうことなので、エネルギーがないとできない。そこで、太陽光エネルギーの窓である視床下部と脳室周囲器官がホメオスタシスの司令塔となるのである。
視床下部と脳室周囲器官には多次元的な制御集積回路が存在し、①エネルギー代謝制御(栄養代謝、深部体温)、②自律神経制御、③概日リズム・光周性制御、④免疫炎症制御、➄本能行動制御(摂食行動、繁殖・養育行動、飲水行動)、➅ストレス反応制御、⑦歩行・ロコモーション制御、⑧情動・記憶制御、⑨感覚閾値・疼痛制御、⑩循環動態制御(循環体液量、脳脊髄液動態、神経血管カップリング反応)の10大制御集積回路をカバーする。視床下部機能を理解するには、視床下部を介する複雑な求心性ならびに遠心性ネットワークの存在を知ることが重要である。安全管理型(エネルギー蓄積・節約型)視床下部(Safety control type of hypothalamus: feed, digest & breeding system)と危機管理型(エネルギー異化・消費型)視床下部(Crisis control type of hypothalamus: fight, flight & heating system)の2極体制からなる視床下部はエネルギーによって生かされている地球生命系の小宇宙といっても過言でない。エネルギー節約型視床下部は副交感神経系を促進し、エネルギー消費型視床下部は交感神経系を促進する。
概日リズム情報は網膜から視交叉上核に入る。心理的ストレス情報は扁桃体から背内側視床下部に入る。感覚性脳室周囲器官が感知した信号(光、匂い、音、電磁波、レプチン、グレリン)は視索前野、背内側視床下部を経て、安全管理型視床下部(摂食行動・繁殖行動中枢)と危機管理型視床下部(代謝免疫・ストレスホルモン中枢)に伝達される。視床下部は内分泌器官であり、ここからはオレキシン、バゾプレシン、オキシトシン、副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン、性腺刺激ホルモン放出ホルモン、甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン、プロラクチン放出ホルモンなどが分泌される。視床下部症候群(脳室周囲器官制御破綻症候群)を呈する疾患、症候群には、ヒトパピローマウィルスワクチン接種関連神経免疫症候群、慢性疲労症候群、脳脊髄液減少症、環境過敏症などがある。これらの多くは交感神経系(危機管理型視床下部)の亢進、副交感神経系(安全管理型視床下部)の抑制、HPA軸の疲弊によっておこる。近年、話題となっているフレイルは危機管理型視床下部の過度な抑制に伴う安全管理型視床下部の過度な亢進(過度なエネルギー節約現象)と解釈できる。私が提唱した「視床下部症候群」(脳室周囲器官制御破綻症候群)と似たような視点を、最近、ボストンなどの海外研究グループが打ち出してきている。線維筋痛症(fibromyalgia)や慢性疲労症候群(chronic fatigue syndrome)は活動不耐症(systemic exertion intolerance diseases)とも呼ばれ、化学物質過敏症(Chemical hypersensitivity)は化学物質不耐症(Chemical intolerance)とも呼ばれている。線維筋痛症/慢性疲労症候群/複合性局所疼痛症候群/脳脊髄液減少症/化学物質過敏症、そして子宮頸癌ワクチン神経免疫症候群(HANS)など、私の言う「視床下部症候群」に「活動不耐症(exertion intolerance)」という言葉がよく似合う。これらの「視床下部症候群」の病態は視床下部の炎症であり、マスト細胞の活性化➡ミクログリアの活性化➡炎症性サイトカインの放出➡自然免疫応答促進➡神経炎症促進という流れが注目されている。マスト細胞の活性化が起こるメカニズムに関しては、最初にミトコンドリア機能異常が起こり、その結果、ミトコンドリアDNAが細胞外に出て細胞外液中(血液、脳脊髄液)を浮遊し、それが視床下部周囲のマスト細胞を活性化するのである。治療にルテオリンの構造を変えた薬剤が開発され、これを鼻腔噴霧すると視床下部周囲炎症が治まり、症状の改善をみると報告されている。私が提唱した「視床下部症候群」もミトコンドリア異常、つまりエネルギーの問題に戻るのである。